レイキの失われた半分
レイキの真髄・安心立命とは? 悟りとは?
執着を手放し、クリアになるとは?
五戒の意味-臼井氏の言葉-
臼井氏による100年前の公開質問会 記録
「招福の秘法万病の霊薬」今日だけは怒るな心配すな感謝して業を励め人に親切に「朝夕合掌して心に念じ、口に唱えよ」

臼井甕男氏 悟りの言葉

現在「宇宙は私であり、私は宇宙である」

宇宙即我、我即宇宙。全ては一体

(-臼井甕男 悟りの言葉-)

レイキの教義(五戒)こそが、日本伝統式レイキの真髄でした

レイキは一切の宗教と関わりがなく、よって当然そこに思想も教義も存在しないはずなのですが、臼井氏は生前、『臼井霊気療法学会員』のメンバーに向けて、上記の言葉を授けておられました。

「では、五戒とは臼井式レイキの中で、どういう意味づけのものなのか?」

五戒は、『教義五戒』とも言われていたことから、臼井氏を始め、当時の『臼井霊気療法学会』の会員の方々が生き方の基本としてこられたものです。

そして、この五戒こそが、日本伝統式レイキの真髄でした。

 

『臼井霊気療法学会』(現在も存続・ただし外部からの接触は不可能です)では、明治天皇の御製(和歌)とともに朝夕これを唱え、会員の心の糧としています。

そして発霊法、浄心呼吸法と共に日々自己研鑽を行っています。

 

もちろん『五戒』を大切にしている流派系統は、現在でも多数あります。

レイキマスターのかたの多くは、(西洋式も含め)世界各国で、五戒、発霊法、浄心呼吸法をアチューンメント講習時に併せて伝授しています。

(※ただし西洋式レイキでは、発霊法のやりかたが抜け落ちてしまっているところもあります。)

では、このシンプルな詩の言葉の奥に触れてみましょう。

招福の秘法 万病の霊薬

招福の秘法 万病の霊薬

五戒の最初には、「招福の秘法 万病の霊薬」と題名があり、最後に「朝夕合掌して心に念じ、口に唱えよ」と書かれています。

まずこの題名からして、非常に興味深いです。

なぜなら臼井氏は、これを『心身健康』と『招福』のどちらか一方ではなく、その両方に働きかけると謳っておられるからです。

私達の体内が調和の取れたエネルギーで満たされた時、心身のバランスが保たれるのはもちろんの事、それ以外に他者(物事)とのシンクロニシティが多く起こってきます。

(シンクロニシティとは共時性とも言い、同波長を持つ物同士は引き合いやすい、という法則です。

 

この法則は量子物理学の世界でも登場します。

「運がいい」とか「ツキがある」、あるいは「泣きっ面に蜂」というような言葉は、共時性を表しているのではないでしょうか)

つまり、心身に調和が取れている状態の時、我々は調和のとれた人(物事)と共時しやすくなるようです。

(もちろん、そうではない時には、その逆も起こるようです)

 

だからこそ、『五戒』は心身健康のための強力なコツであると同時に、運やツキ(つまり福)を呼び寄せる秘法でもあるという事なのかも知れません。

今日だけは

今日だけは

「今日だけは」が、以下の全ての言葉にかかってきます。

実は、この世には『過去』も『未来』も存在しません。

ただひたすら『今』しかここにはなく、その連続が人生なのですね。

この瞬間にも、『今』は一秒後の過去へと流れ去っていきます。

そして『未来』は一秒後には今となり、そして同じくその一秒後には過去へと流れ去っていくのです。

 

今日というのは、一つの区切りとしてはちょうどいいかと思います。

一瞬一瞬を大切に・・・という意味合いを込めて、臼井氏は『今日だけは』という言葉を選ばれたように思えるのです。

怒るな

怒るな

ここで少し、ご自身の内面について振り返ってみて下さい。

怒っている時、我々は過去の何かについて思いめぐらせているのではないでしょうか。

『今ここ』に意識がないのです。

そして、過去に起こった出来事(つまりすでに幻のもの・今ここには存在しないもの)について、捉われ続けているのです。

 

このような心理状態の時、例えば目の前に美しい海が広がっていても、見えていないかも知れません。

美しい花がささやかに道端で咲いていたとしても、気付かずに通り過ぎてしまうかも知れません。

自分の事で頭がいっぱいで、誰かが傍で落ち込んでいても気付かないものです。

 

怒っている時には、知らず知らず拳を握り締めているかも知れません。

拳を握り締めている時、我々はとても誰かのために手のひらを開き、手当てをさせて頂くというようなつつましく平穏な気持ちにはなれないものです。

 

怒りは呼吸を荒く乱します。

血圧を上げ、自らの身体を痛めつけます。

そればかりか、自他を不快にさせます。

怒りに捉われ『今ここ』を大切にしていない時、我々の人生に平和は訪れません。

やがて身体のバランスも崩れてしまいますよね。

だからこそ、もしも怒りに気付いたなら、『正しさ』に捉われていないかどうかをチェックしてみませんか。

人の数だけ正しさや価値観、言い分があるかも知れません。

自分が正しく相手が間違っている、と思い込んでいる事にもしも気付けたなら、謙虚さを取り戻せます。

謙虚さを取り戻せた時、怒りを手放せるのです。

心配すな

心配すな

再び、ご自身の内面についてチェックしてみて下さい。

心配している時、我々は未来に何か嫌な結果が待っているのでは、と思いめぐらせているのではないでしょうか。

やはり『今ここ』に意識がない状態です。

そして、まだ起こりもしていない結果(幻・今ここには存在しないもの)について、捉われ続けているのです。

心配に心が奪われ、不安だったり怯えている時、我々の心身は非常に緊張し、萎縮しています。

呼吸はどんどん浅くなり、脈拍も速く乱れます。

 

このような心理状態の時、目の前に広がる海の美しさは目には映っていても心には届いていないものです。

見えているのに、見えていない状態かも知れません。

美しい花の事も、他に苦しんでいる人の事も、見えているのに見えないのです。

心配している時の表情は決して明るいものではないため、あなたを見た周囲の人までもが気を使い、心配顔になります。

結果的に心配や不安が波紋のように広がり、あなたの心は余計に不安定になります。

すると自律神経が乱れてきます。

最終的には身体を痛めつける事になるのです。

 

『今』は未来への通過点ではありません。

けれども単なる未来への通過点と考える人は、『未来』に価値を置きすぎるあまり、『今ここ』を粗末に扱っています。

それが、『自分の人生を粗末に扱う』という事であり、命を粗末に扱うという事です。

『今の自分』を粗末に扱い続ける事をやめた時に、『未来の自分』がエネルギッシュに輝きだすのです。

 

心配に気付いたなら、『宇宙に代わって未来をコントロールしようとやっきになっている自分』に気付く時かも知れません。

ひょっとしたら、『相手を信頼できない・信頼したくない自分』に気付くかも知れません。

また、『宇宙に対して怒っている自分』や『何かをしてくれない誰か』、『所有物や、自分を解かってくれない人に対して執着している自分』に気付くかも知れません。

もしもそうなら、無駄な努力をして疲れ果てているかも知れませんね。

(心配をやめられない人は、大雨の日にベランダで洗濯物を干そうとしている人と似ています。「どうして乾かないの!」と眉間にしわを寄せながらため息をついています。そしてまた心配するのです。

「またベランダに干して、乾かなかったならどうしよう・・・」。

これを続けていても、洗濯物は一向に乾きません)

 

今一度『万病の霊薬、招福の秘法』の箇所を読み返して下さい。

不調和のシンクロニシティよりも、調和のシンクロニシティを起こしたいですね。

そんな時にはぜひ、『全てを一旦横へ置いて、今の流れに乗る』ことを選択してみませんか。

感謝して

感謝して

感謝は、「ありがたいなぁ」と感じた時に湧き上がる気持ちですね。

つまり、まず今現在与えられているものに意識を向けた時に、初めて我々は感謝を感じるのです。

 

けれども怒りに捉われ、過去の出来事に心の焦点が合っていたり、まだ来ぬ未来を案じてはおろおろしたり。

『今ここ』に生きていない時、食事を作ってくれた誰かの事も、その食材を育ててくれたどこかの国の人の事も、大地や太陽、水の恵みも、全て意識の外に置かれてしまいます。

このような心境の時に、『生かされているよろこび』など感じようがありません。

感謝しようと思えば、『今ここ』に意識を戻す必要があるのです。

 

「ありがたいなぁ。」と、目の前の何かに対して心からそう思えた時、初めて深い呼吸が出来ます。

すると首や肩から力が抜けるのですね。

呼吸のペースが落ちついてくると心音も落ち着きを取り戻します。

リラックスすれば脳波はよりよい状態になり、頭に上っていた血も気も下腹のほうへ落ちていきます。

頭寒足熱、健康な状態に戻っていくのです。

代謝が上がり、自律神経の働きが活発になります。

 

謙虚さが深まるほどに、利己的な想いはなりを潜め、私達は宇宙の平和と同調できるのです。

心身は調和を取り戻し、結果健康でいられます。

業に励め

業に励め

この言葉は、とても重要な意味を秘めています。

過去への囚われからくる怒りを手放し、未来への恐れから来る心配を手放した時に、今ここに与えられている様々な恩恵に感謝できる心の状態になりました。

けれども私達は、ささいな事をきっかけにして、再び今までのパターンにはまってしまうものです。

つまり、自らの観念(~すべき、すべきではないという考え)や思い込みによって、現象を主観的に色づけしてしまうのです。

そうなると、本来無害であるはずの現象が、またもあなたを傷つけたり不快にさせたりします。

(すると、新たなストレスや心の傷を発生させる原因にもなりかねません。)

 

今後新たにこのような蓄積を生じさせないためにも、新たな生き方(思考)を習慣化させましょう。

それが、『業を励め』の意味です。

(業とは、仕事という意味ではなく、日々の行い全般を指しています)

 

毎日新しく生まれ変わった気分で、自分がなすべき事柄(業)を励みましょう。

胸を張っていられる自分でいるために、あなたが納得のいく言動を選びましょう。

課題の解決には発霊法、浄心呼吸法の他、瞑想法などが有効です。

新たなストレスを蓄積させないためにも、自らが意思を強く持ってその意識を高め、日常生活を通じて自己浄化を実践する以外に方法はありません。

(毎朝の習慣としましょう。)

人に親切に

人に親切に

この、『人に親切に』という言葉が五戒の最初ではなく最後に来ている事こそ、絶妙です。

 

たまに自己犠牲する事で誰かを幸せにしようとしている人を見かけますが、これは誰のことも幸せに出来ない方法ではないでしょうか。

この事は、客観的に考えてみれば誰もが解かることです。

なのに、多くの人が自分の事を横へ置いてでも誰かのために尽くし、自分を犠牲にします。

そして、それを美徳と信じています。

けれども、例えばひどく飢えている人からパンを差し出されても、自分一人だけが食べられるでしょうか。

ましてや、それをされて幸せを感じられるでしょうか。

いいえ、むしろ申し訳なさを感じるのではないでしょうか。

(逆にもしもあなたが「よかれと思ってこんなにしてあげたのに、不本意な態度を取られた」という経験をお持ちならば、あなたは自己犠牲をしていたという事かも知れません。

相手にはそれが重かったのかも知れません)

だからこそこの五戒では、『人に親切に』が最初ではなく最後に位置しているのです。

朝夕合掌して心に念じ、口に唱えよ

朝夕合掌して心に念じ、口に唱えよ

『まず自分自身が浄化される事』を最優先として自己成長すればするほど、あなたは宇宙と同調します。

利己的な欲望が薄らぎ、自分への恩恵が周囲の人たちへの恩恵へと続くのです。

これこそが唯一無二の、『誰もが幸せになれる方法』だからですよね。

あなたの雰囲気は今よりもさらに軽やかで優しく、暖かいものになります。

それはまるで波紋のようです。

あなたが大きく成長するごとに、波紋も大きくなります。

あなたがただそこに居て微笑むだけで、周囲の人たちを心地よくします。

周囲の人たちの笑顔に囲まれたあなたはきっと、『安心立命』と『悟り』の境地に居ることでしょう。

この五戒を、どうぞ毎朝唱えてみて下さい。

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